89歳現役の左官職人/特集 福田修さん【13.12.24】

生涯現役の職人目指して

福田修さん
 「まだまだ、頑張りますよ。体が動く限り」と、笑顔で話すのは福田修さん(大正13年生・89歳・左官・東支部所属)です。

 全組合員約10,600人の内、75歳以上の組合員はわずか150人ほどです。

 その150人の組合員の中で、この道70年ほどになる89歳の現役の左官職人として、今でも活躍する福田さんにスポットを当て、建設現場で仕事に励んでいる様子などを取材しました。

仕事が大好き

 この道一筋、70年ほど左官職人として現役の福田さんは「とにかく仕事が好きなんですよ。ジッとしているのが嫌な性分で、常に動いています」と話しています。

 大正13年、岐阜県関市で左官業を営む4人兄弟の次男に生まれました。

 幼少の頃は、とても体が弱く病院に担ぎ込まれ、いつも母が看病するなど、兄弟の中でも特に手が掛りました。

 尋常高等小学校を卒業し、その後、大東亜戦争が始まり、機械工員として三菱重工(東区矢田)で戦闘機のエンジン作りをしていました。 

左官職人を志す

 昭和20年終戦を迎えた20歳の頃、父と2人の男兄弟の影響で、家業を継ぎ左官職人の道を歩み出しました。

 親方である父は仕事にとても厳しい人で、礼儀作法や仕事に対する心構えなど1から10までみっちりと指導されました。

 弟子入りの頃は、当然コテなどを持たせてもらうことはできず、ドロこねや雑役仕事を中心に重い道具をリヤカーに載せ、名古屋市内各所の現場を駆け回りました。

 真冬に現場の壁にムシロを被せるのを忘れてしまい、翌朝壁が凍ってしまい水気を含んだため作業することができなく、こてんぱんに親方から叱られたこともありました。

 親方の元、10年が経つ頃には、腕も認められ、ようやく一人前の左官職人になりました。

 以前、手掛けた東区東新町にある漆喰壁を施す大きな蔵の修繕工事は、大掛かりな工事でもあり、とても手間暇かかりましたが、漆喰の独特の美しい仕上がりと輝きは今でも忘れることはありません。

誰にも負けません

 タイルの下地塗りは、誰にも負けない自信があります。

 下地塗りの後、タイルを貼るのですが、下地が波打つと、貼ったタイルにも凹凸ができてしまいます。

 福田さんは、下地が波打つことなく、目地は一直線に通り仕上げの美しさに関しては、他の職人には負けません。

健康の源は晩酌

 日頃、自宅にあるランニングマシーンで、ウォーキングをして足腰を鍛えていますが、1番の健康の源は、やはり毎晩欠かさない2合の晩酌です。ついつい飲みすぎて妻に怒られることもしばしばあります。

100歳まで現役職人

 「この道70年ほどやってこれたのも、陰で支えてくれている妻のお陰だと感謝しています。こらからも、健康に気遣い体が動く限り、百歳を目標に現役の左官職人として、現場の第一線に立ち活躍していきたいです」と、力強く語っていました。

援してるよ。お父さん

夫人 福田一江さん
 「お父さん、ご苦労様です。本当にここまでよく頑張ってくれました。ありがとう。ありがとう」と、ご主人へ労いの言葉をかけてくれました。

 「主人と一緒になり60年ほどになります。職人肌の主人は、典型的な一刻の人でこれと決めたら曲げることはない頑固な人とです。今では、懐かしいことですが、若い時は派手にケンカをしたものです。そんな主人ですが、家族を本当に大切にする人で、たまの休日に2人の娘を連れよく東山動物園へ遊びに行ったのを思い出します。3度の食事よりお酒が好きな主人ですが、少々飲みすぎが気になるところです。本当に仕事が大好きな主人ですから、私がこの辺で引退したらと言っても聞く耳持たない人です。ですから、今までもこれからも陰ながら主人を支えていきます。目標の100歳まで頑張って、お父さん」

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